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2018年1月30日火曜日

「ハビタスプロセス」-知恵を得る過程-(2)

ハビタスの手法:第一段階 :「神学的識別力」を発達させる

聖書の「基本原則」を理解し、聖書的に考える力を育成するということです。この点に関してJ.I パッカーの提言、その論点を参考までに紹介します。
「今日の大きな必要の一つは大人のための体系的なキリストの教え-教義的な教え-を復活することである。名称はどうでもいいし、昔のプロテスタント系の人達が自分の子供たちを教えたような、今ある杓子定規的なドリル形式にする必要もない。どのような方法かで、キリスト教の神髄を知りたいという教会内外の人たちにそのための機会が与えられる必要がある。なぜなら、これをどうしても必要としている人たちが非常に多くいるからである。そのような人達にとって説教は助けにならないことが多い。というのも説教は、話す側にも聞く側にも信仰の基本に対する明確な確信があるとの前提に立ってのものだからである。それが無い場合、説教は自分には関係のないもの、時には不快なものとさえ感じられてしまう。未確認の憶測としか写らないからである。しかし、キリスト教の知的な初歩(基本原則)を調べ、挑戦し、試し、見極めるのに最適な場所は講壇ではなく、教理問答方式のような体系的な教えにあるのである。少なくとも教会史はそれを示唆している(Growing in Christ)

聖書の「基本原則」: 「基本原則」は基礎的な教えに関する聖書のことばで、最適なものの一つが新約聖書に出てくる「基本原則:στοιχεια」という表現です(コロサイ2:8「幼稚な教え」)。ただし、残念ながら日本語訳聖書では適切な訳語になっていません。おそらく聖書には「基本原則」があるという聖書神学の成果を読み取っていない、ないし理解がないゆえであろうと思われます。ただし、新改訳のガラテヤ人への手紙4章での訳語「幼稚な教え」について、訳者は脚注に「原理」という別訳を記しています。標準的な英語訳では明確に「基本原則」となっています。原則であれば善悪の問題ではく、考え方の原理ですので、私たちキリスト者はこの世の哲学に基づいてではなく、キリストの原則に基づいて考えるというのは必然であると思います。
信仰の初歩の原則はより深い事、つまり成熟へと進んでいく前にどうしても十分に習得する必要があるのです。この原則は新約聖書の書簡の中に明確に教えられているケリュグマ(キリストの福音)とディダケー(福音に基づく教え)、キリストの福音と福音に基づく教えです。「基本原則」は信者が大人として理性的に考える、かつ聖書的に考える能力を発展させます。これはHans Gadamarが「解釈学的に訓練された判断」と呼ばれているものであると言われています。つまり、聖書を正確に解釈し、それを生活と仕事のすべての領域で適切に適用する能力なのです。

段階1の学習内容: 以下の各冊-基本原則シリーズ-は教育的にも神学的にも非常に慎重に配慮されて作られており、信者が信仰の基本原則に基づく生活ができるように、徹底した基礎を築けるよう非常に慎重に配慮されて作られています。この非常に重要な13冊は最短18週で学ぶことができます。

聖書の基本原則:6週間の学びからなる13
シリーズⅠ:神の家族教会共同体
①主の弟子となる
  信仰の基本原則
②家族の家族に属する
    共同体生活の基本原則
③教会の使命に参加する
  共同体の目的の基本原則
④心の習慣を養う
  律された生活の基本原則

シリーズⅡ:次世代、三世代、四世代に継承する家族
①関係を楽しむ
結婚の基本原則
②信仰を継承する
家族生活の基本原則
③実りあるライフワークを展望する
  宣教の基本原則
④次世代を築く
  真の成功の基本原則

シリーズⅢ:聖書神学、解釈の方法
①確信を持ってみことばを用いる
聖書研究の基本原則
②大宣教命令を展開する
  使徒の働きに見る基本原則
③福音に固く立つ
  テサロニケ人への手紙第一、第二、に見る基本原則
④教会に対する神のビジョンを理解する
エペソ人への手紙に見る基本原則
⑤神の家で生きる
  牧会書簡に見る基本原則

ハビタスの手法:第二段階 「ハビタス」発展させる

  生涯に渡り知恵を追求するための基礎を育成することです。一生涯に渡る知恵の追求の要となる基礎、信仰に成熟する為の一つが知恵に裏打ちされた人生の方向性に発展させていくことです(参照: 箴言21-9、詩篇9010-17)。神は私たちに知恵書、すなわち箴言、伝道者の書、雅歌の中で非常に豊かな基礎を与えています。知恵書は「自分の日を数え」、熟達した人生を生きようとする時、私たちを導いてくれるものです。
私どもが提携するC-BTEパラダイム国際的なネットワークのリソースセンターであるビルド インターナショナルのリソースで学んだ七つの優先事項について紹介します。コヴィーの『7つの習慣最優先事項』が参考になっています。

七つの優先事項:
第一の優先事項:理由の認識
あなたはなぜ、存在するのかを理解する:あなたの目的

第二の優先事項: 経験の評価 
あなたはどこにいるのか判断する:あなたの物語

第三の優先事項:あなたが唯一無二であることの確認  
あなたは何者であるかを理解する:あなたの能力

第四の優先事項:アイデンティティーの定義
あなたのふさわしい居場所がどこかを決定する:あなたの役割と責任

第五の優先事項:持っているものを最大限に生かす
あなたが持っているものを活用する:あなたの教育、機会、四世代に渡る知恵、ライフワーク

第六の優先事項:優先順位の統合
あなたがどこに向かっているかを知る:あなたの人生設計

第七の優先事項:知恵の獲得
あなたが計画したように生きる:あなたの生涯学習の習慣

七つの優先システムのうち、第七の優先事項は、私たちに個人的な生涯学習のシステムをどのように設計するのかを教えてくれます。それは最新の文献等に触れ続ける方法、インターネットから鍵となる情報を得る方法、読書計画を構築する方法、そしてこれらのすべてをあなたの人生に統合する方法、つまり知恵に変える方法を含んでいます。本質的に七つの優先事項は、一生涯かけて知恵を追求するためのあなたの戦略となるものです。この課のワークシートは、第七の優先事項、生涯開発ポートフォリオの第七の優先の課に移すことができます。「共同体における生き方の管理」:人生開発プログラム

ハビタスの手法:第三段階

 共同体の中で「神学」する  信仰の基本原則を学び、知恵に基づいた魂の方向性を発展させた次に重要なのは信仰の共同体(いのちの交わり)と共に生涯に渡る知恵の追求を始めることです。私たちが求める神学は神の家族教会中心でなければならないということです。ある意味、信仰の共同体全体が神の全計画の内に成長する、日々の生活にその真理を適用していく必要があるのです。

「ハビタスの手法」は神の再創造の御業としての神の家族教会共同体の建て上げにおいて見落としてならない神の手法、聖書の手法なのです。

2017年12月6日水曜日

「ハビタスプロセス」-知恵を得る過程-

「ハビタスプロセス」-知恵を得る過程-

はじめに: 神学教育のパラダイム転換、C-BTE「教会主体の神学教育」について共に考えていますが、その後の取り組みはいかがでしょうか。とりわけ聖書の啓示の展開におけるキリストの受肉、そして十字架の死と復活、昇天の後、主は再び聖霊を通して啓示されたのが奥義としての神の家族教会共同体、これこそが神の救いのご計画のハイライト、圧巻と言っても過言ではありません。ケリュグマ、ディダケー、福音と福音に基づく教えに建て上げられる神の民、教会の存在です。
今回は教会建て上げにおける神学教育の手法の一つ「ハビタスプロセス」-知恵を得る過程-について紹介したいと思います。これはビルド・インターナショナルとランコープ・リソースの資料(「基本原則シリーズ」等々)を用いてどのように順序立て聖書の知恵を生涯にわたり追求するかの手法でもあります。つまり、「ハビタスプロセス」は地区教会が会員を教育、訓練し、その生涯に渡る聖書の知恵の追求を手助けするために順序立てられ、体系づけられた聖徒建て上げプランを提供するために創られました。

「ハビタス(ラテン語 habitus ):習慣」の主要概念: 「ハビタスとは習慣とすることや実践することで得られる完成、あるいはぶれない状態、情況を言う」。つまり、人間が理性と思考の追求を通して手に入れた性質ないし気質を意味します。神学的視点から言えば、神の知識と知恵を追求することで手に入れた習慣がその人の内性、気質、振る舞い、つまり聖書の言う「心構え」(ピリピ2:5)となるということです。聖書自体の証言として明確に、信者一人一人が神のことばを真剣に学ぶ者であり、人生のすべての場面で聖書的に考えることを学ばなければならない、という命令が与えられています。
しかし、ハビタスとしての神学、「日々聖書から神についてより深く学ぶこと、すなわち、いかに魂を正しく導くかという知恵を得るはずの神学(聖書、聖書原語、重要な文献の学び等を通して)、またどのような状況にある人にとっても必要な学びであるにもかかわらず、牧師などの専門職の備えのための学問的な学びに置き換えられてしまっている」と指摘されています。(参照:Developed by Edward Farley in Theologia: The Unity and Fragmentation of Theological Education
現代の西洋文明の中で私たちは魂の方向性の原則を、学問的知識を得る目的と捉え、専門的な働きをする知的学問の追究に傾斜してしまったというわけです。結果として、今日のクリスチャン教育が個々人の生涯の発展的な学習であるにもかかわらず、各世代、分断された統一のない教育になっているのが現状ではないでしょうか。こうした核心的な問題点を自覚し、真摯に聖書に戻って再考するハビタスのプロセスは各個教会共同体での生活、いのちの交わりの中でなされる神学教育の聖書的原則をもう一度確立する方法を提供していることに注目していただきたいのです。近年では一般教育の世界ですでに「考える」教育に大きく移行していることが注目されます。

「ハビタスの手法」:すべての信者がたどる三つの段階
段階1: 聖書の「基本原則」を理解し聖書的に考える力の育成
段階2: 生涯に渡って知恵を追求するための基礎の育成
段階3: 生涯に渡って聖書に精通するための追求

各段階とも資料を順序立てて学ぶようになっていますが、聖書の主要な概念に精通するだけでなく魂の本性(傾向)を得るものとなっています。

「ハビタス」:根拠 はっきりと聖書の中には信者一人一人が神のことばを真剣に学ぶ者であり、人生の全ての場面で聖書的に考えることを学ばなければならないという命令が与えられています。しかし現代の西洋文明の中で私たちは魂の方向性の原則を学問的知識を得る目的と捉え、専門的な働きをする知的学問の追究をしてきました。ハビタスのプロセスは聖書的原則をもう一度確立する方法を提供します。つまり地区教会共同体の生活、人との関わりの中での神学教育です。

「ハビタス」:歴史 教会史を見ると聖書を真剣に学ぶ事が常に要求されてきていました。初代教会では信条(doctrinal statements: 教義声明文)とディダケー(teaching manual: 教えの手引き書)は必須知識でした。宗教改革以降はconfession: 告白(advanced creeds: 高等信条)とカテキズム(advanced didaches高等ディダケー)が順序立てられた学び方の一つでした。教会が繁栄した時、それは神の民が真剣に聖書を学び、聖書的に考えた時でした。とりわけ旧約聖書が書かれたヘブル語の知恵(hm'k.xhokmah)はハビタスの実際的な定義を的確に説明しています。ホクマー「知恵」は文字通りには「生きるうえでの技能」という意味で、精神的技能(聖書的に考える能力)と生活技能(正しく人生の選択をする能力)の両者の開発、発展を意味しています。私たちの文化の中でも「習慣は第二の天性」という表現が用いられますが、ハビタスとは人種、職業、性別等に関係なくすべての人間が一生涯に渡って身につけなければない魂の方向性と言い得ると思います。

「ハビタス」:意味 「ハビタス」はラテン語で、英語の「習慣」という言葉にあたります。そこから学びの習慣という概念が思い浮かびます。ローマ人はハビタスを哲学的に用い「習慣とすることや実践することで得られる完成した、あるいはぶれない状態ないし状況」であると記しています。つまり人間が理性と思考の追求を通して手に入れた性質ないし気質を意味しました。神学的に言うと、神の知識と知恵を追求することで手に入れた習慣がその人の内性、気質、振る舞いとなるということです。

「ハビタス」の実際的定義:生涯知恵を追い求めるための心の方向性
旧約聖書が書かれたヘブル語の知恵(hokmah)はハビタスの実際的な定義を見事に説明してくれています。Hokumaは文字通りには「生きるうえでの技能」という意味で、精神的技能(聖書的に考える能力)と生活技能(正しく人生の選択をする能力)の双方の発展を意味します。下の二つの聖書箇所はそのことを非常に顕著に記しています。

子どもらよ。父の訓戒に聞き従い、悟りを得るように心がけよ。
私は良い教訓をあなたがたに授けるからだ。私のおしえを捨ててはならない。
私が、私の父には、子であり、私の母にとっては、おとなしいひとり子であったとき、父は私を教えて言った。「私のことばを心に留め、私の命令を守って、生きよ。知恵を得よ。悟りを得よ。忘れてはならない。私の口の授けたことばからそれてはならない。知恵を捨てるな。それがあなたを守る。これを愛せ。これがあなたを保つ。知恵の初めに、知恵を得よ。あなたのすべての財産をかけて、悟りを得よ。それを尊べ。そうすれば、それはあなたを高めてくれる。それを抱きしめると、それはあなたに誉れを与える。それはあなたの頭に麗しい花輪を与え、光栄の冠をあなたに授けよう。箴言4:1~9

私たちの齢は七十年。健やかであっても八十年。しかも、その誇りとするところは労苦とわざわいです。それは早く過ぎ去り、私たちも飛び去るのです。だれが御怒りの力を知っているでしょう。だれがあなたの激しい怒りを知っているでしょう。その恐れにふさわしく。それゆえ、私たちに自分の日を正しく数えることを教えてください。そうして私たちに知恵の心を得させてください。
帰って来てください。【主】よ。いつまでこのようなのですか。あなたのしもべらを、あわれんでください。どうか、朝には、あなたの恵みで私たちを満ち足らせ、私たちのすべての日に、喜び歌い、楽しむようにしてください。あなたが私たちを悩まされた日々と、私たちがわざわいに会った年々に応じて、私たちを楽しませてください。あなたのみわざをあなたのしもべらに、あなたの威光を彼らの子らに見せてください。私たちの神、主のご慈愛が私たちの上にありますように。そして、私たちの手のわざを確かなものにしてください。どうか、私たちの手のわざを確かなものにしてください。詩篇90:1017 

 箴言をみると著者は若い人たちに、生涯に渡って知恵を、神からしか得られない知恵を追い求めるよう、しかもそれを人生の主要な目的とするよう勧めています。詩篇では、モーセは私たちに、すべての人が知恵の心を神に向け自分の日、70年か長くても80年を数える必要に気づくように言っています。心(そして命)も聖書が示す技能をいただいて生きる、まさにそうした時のみ。モーセが言っているように、神は私たちの手の業を確かなもの(永遠なもの)とされ、神の慈愛(美しさと麗しさ)は私たちの日々の生活の上にあるのです。残念ながら、ほとんどの信者はこの技能を高めようとしません。
例えば、雅歌は神の示す成熟した美しいロマンチックな愛と結婚を描いて見せてくれています。しかしほとんどの信者は雅歌をそのような本であると見なすことも、ましてやその概念を見つけることも難しく、結果的に自分たちの思春期を迎えた子供達に伝えていくこともできないでいます。(続く)

2017年9月29日金曜日

ソクラテス問答(4)

先回、「ソクラテス問答」についての進め方について一つの資料を紹介しました。さらに確かな問答を展開するためにもう一つの資料を紹介します。実際に問答を導く体験をされた後に読んでいただき、検証し、そして再挑戦していただければと思います。「問答」は文字通り「学習者主体」で進められますので、理屈以上に実際の取り組みを積み重ねながら習得していくものです。

 教育の目的とは何か
    学び方を学ぶことである。
    あらゆる知識と知識を統合する。
    リーダーは、参加者が自分の今までの経験や思考過程を通して、自分なりの解答を見つけるよう促す必要がある。
    問答は真理や真意を知ろうと、声に出して思いめぐらす手法である。

1、基本事項(基本原則)を挙げる。(基本概念を深める)
2、物事の表面下にあるものを探求する。
3、思考の問題領域を追及する。
4、各自が自分の思考構造を理解できるようにする。
5、参加者がより明確で、正確かつ主題から離れないような発言に気をつけることができるようにする。
6、参加者一人一人が自分なりの論理で納得できるようにする。
7、参加者が思考の要素である主張、証拠、結論、争点となっている問題、前提、言外の意味、結果として当然言えること、概念、解釈、観点に気付けるようにする。

リーダーの役割: 考えるクリスチャンを建て上げる
    明確な認識:批評的な物の考え方を育てる。
そのために聞いて鵜呑(うの)みにせず、なぜ、そう考えられるのか、客観的に示す。
    そのために、クラスの環境が、真摯な態度、心を開いた語り方、理解しようとする聞き方、自律・自主の精神、論理性、自己判断ができやすい場とする。
    また、それがさらに一人一人の発言を促すことにつながることが感じられるようにする。

そうして初めて、参加者は問題を特定し、解決する自己能力を信じられるようになる。またそこから、自分で考えることが大事である、との思いを抱くようになり、また、自分で考えることは悪いことでも、間違ったことではないと思えるようになる。

権限を与えられている人(リーダー)は「正しい」答えを与える人ではなく、正しい答えを見つけ出す手助けをしてくれる人であり、自分たちの内に理解する力が与えられているということを発見できるようにさせることである。すなわち、「ソクラテス問答」におけるリーダーは説教する人ではなく、問いを投げかける人である。(それだけにリーダー自身、よく学び、理解を深め、学びの方向性を明確に持っていることが前提になる)

 リーダーの備え: リーダーは以下のような質問をするには、どうすれば良いかを学び備える。
        意図を探る
        理由や証拠を挙げる
        問答が混乱に陥らない(論点を明確に)
        言わんとするところを理解しようとして聞く気持ちにさせる
        実のある比較対象を導く
        矛盾や不一致を明確にする
        言外の意味や当然の帰結を引き出すような質問をする

 考えるクリスチャンを建て上げるために:
        前もって分かりやすくお膳立てされた解答を与えることはしない。
        独善的な単なる意見を信じるようなことはさせず、大局的視点で考える。
        無理に質問者が「そうだ」と思えないような結論を押し付けたり、そのように問答を誘導したりしない。

1、大きな問題や課題をいくつかの部分に分け、扱いやすくする。
2、学習者自身にとって意味のある状況を作り出すことで学ぶ意義を見出せるようにする。
3、言い換えたり、質問し直したりすることで、学習者が自分の考えを明確にできるようにする。
4、考えさせる質問を投げかける。
5、問答が脇道にそれないようにする。
6、学習者同士が互いに説明し合うような働き掛けをする。
7、アドバイスをしたり、情報の用い方を示したりして、学習者自身が知らなければならない事は何かに気付けるようにする。
8、決して発言を中断させたり、無視したり、不当に却下したりせず、互いが互いの見解にきちんと向き合うよう対応する。

「ソクラテス問答」の三つの型
1、自然発生的・計画的でない問答
2、予備的問答
3、焦点を絞った問答

 1、自然発生的・計画的でない問答
  質問による探求→ 予期しない展開になる、疑問を質問に変える
 全く関係のないことを言ったとき、
 「新しい問題が提起されましたね」
 「なぜ、そう考えるか」
  「今の論点との関係は」
 ものによっては「後で取り上げましょう」

 質問による探求→ 予期しない展開になる、曖昧、あるいは一般的な言葉で応答した場合、
何人かの参加者に同じ質問に答えてもらう。
それぞれの理解の仕方を比べて見たり、違った角度からの質問をしたり、その比較を参加者自身にさせる。

 2、予備的問答
 リーダーが、参加者が何を知っているのか、どう考えているのかを知りたい時、色々な事を考えてもらいたい時に用いる。
 また後で問答をする時、役立つような質問、ある分野をどう考えているのか、問題領域や気付いていない偏見を明確にし、その人の興味や矛盾点を知るために用いる。

 3、焦点を絞った問答
ソクラテス問答の主要な型: 論点や概念を実際に深める。
参加者に自らの見解や全体像を明確にし、類別、分析、評価し、知っている事と、知らない事を判別し、関連のある事実と知識を統合してもらうことで、問答がより深く広がり、また焦点が絞られていく。
 幅広く秩序だった統合された問答をすることで、参加者が色々な考え方や洞察を発見し、それを発展させ、他の人たちと分かち合う体験をしてもらう。
前もって計画し、この問題をどう捉えているだろうか、そう考える根拠は何だろうか、どこから問題となる考え方が起こるのか、この問題に関して他にどのような事を考えるだろうか、どのような結論に達する可能性があるだろうか等々を考えておく。
リーダーはいつ、どの型の質問をすれば「知性の炎を燃え上がらせる問答」となるかに精通し、感性を磨いておくよう訓練している必要がある。

ソクラテス問答の分類法〉:
人間の考え方には普遍的特質がある
   1、明確にするための質問
2、思い込み、前提がないかを探る質問
3、論拠・証拠・要因等を引き出す質問
4、見方・視点に関する質問
5、引き出せる推測、推論・当然の帰結を探る質問
6、論点(質問・疑問・問題)についての質問

1、明確にするための質問
 ・それはどのような意味ですか、 
・あなたの言っていることと、今話し合っていることとの関連は、つまり、それを別の言葉で言い換えるとどうなりますか、
・ここで一番問題となっていることは何だと思いますか、
 ・例えばどのようなことですか
  ・あなたが一番問題にしたいことは…ですか、
  ・それは例えばということですか
  ・もう少し説明してもらえますか
  ・なぜそういうのですか
  ・つまり、あなたの言いたいことは「… 」ですか

2、思い込み、前提がないかを探る質問
・あなたはどう思いますか、
・あなたならどう考えますか、
・あなたは… …と考えているように思えますが、
・あなたの論拠は全て… …  から来ているように思えますが、
・あなたは… … 考えているようですね、なぜそう取るのが当然だと思うのですか、

3、論拠・証拠・要因等を引き出す質問
・例えばどのようなものが挙げられますか。
・あなたがなぜそう言えるのか教えてください。
・それは信じるに足るだけの十分な証拠と言えますか。
・あなたがその結論に達した理由は何ですか。
・それが正しいかどうかどうすれば分かりますか。

4、見方・視点に関する質問
・あなたは --- の視点からこの問題を捉えようとしていますが、なぜ --- ではなくて--- なのですか。
・他の考え方を持つ人たちはどう答えるでしょう。なぜ違った答えをするのでしょうか。どこからその違いが出てくるのでしょうか。
・この問題を違った角度から見ている人、違った角度からも見られると考える人はいますか。

5、引き出せる推測、推論・当然の帰結を探る質問
・つまりあなたの言いたいことは --- ですか、
--- と言われますが、つまり --- ということですか、
・もしそうなったとしたら、そのことの故に他にもどのような事が起こるはずだと思いますか。なぜですか、
・それはどのような影響を与えると思いますか。
・それは必ず起こることですか、それとも起こる可能性があることですか、

6、論点(質問・疑問・問題)についての質問
・どうしたらこの問題を解くことができると思いますか、
・誰かこの問題を解決できる人はいませんか、
・論点は明確ですか。皆さん論点が何であるか理解できますか、
・この問題を考えるとき推測されることは何ですか、
・この問題はなぜ重要なのですか、

ソクラテス問答: 思考の四つの方向論理
        「人には、考えを引き出してくる方向が4つある」
        ①どう考えるかは、その人の人生であり、②どのような根拠で、③どのような証拠をあげて、④どのように推論するかによって決まる。
        どう考えるかで、私たちの進む方向が決まる。
        どう考えるかは、この4方向を色々使いながらなされる。
        与えられた主題に対し、なぜそのように考えるのかを内省する機会を与える。
        自分の考えを立証しているか、あるいは立証できるかよく考える機会を与える。
        そう考えることでどのような推論をし、結論を引き出しているかを熟考する機会を与える。
        自分と考えの違う人が筋の通った反論を展開した場合、あるいは考慮すべき別の可能性を提起した場合どうするかを考えさせる。
        さらに「論点の明確化」と「論点を質問する」

不思議に思う! 自分で不思議に思うことを不思議に思う。
        参加者全員の思考が開花するようにリーダー自身が色々不思議に思う必要がある。
 ※色々質問を試す
 ※参加者の生活に密着した質問
 ※あきらめない。
  参加者が答えられないとき、
   ①質問の言い換え、
   ②質問の小分けにし、
   ③単純な質問をする。

参加者の習熟度に添う必要がある(学習者主体)
    参加者に合わせた質問を準備する。
    すぐに参加者とソクラテス問答を十分にできるなどと考える必要もない。
この方法を使えば、小学生であっても、特に高等教育を受けていない人とであっても、誰とでも理解を深める問答をすることができる。

Socratic Questioning and RoleRichard W.Paul,Ph.D.
Director the Center for Critical Thinking and Moral Critique
Sonoma State University
Chair, National of excellence in Critical Thinking
Published by Foundation for Critical Thinking, Santa Rosa,CA


2017年9月21日木曜日

「ソクラテス問答」(3)

「ソクラテス問答」実際について、一つの参考資料を紹介します。BILDのインターナショナルサミットに参加した際にいただいた資料の一つです。実際に問答を導く際の参考にしてみてください。初めて取り組む方にとって適切な手引き書です。



ソクラテス問答を導くにあたって
リチャード・クレマー
(by Professor Richard Kremer, Dartmouth)

 「質問されれば1日はそれを思いめぐらそう。しかし質問することを教えれば人は死ぬまで問い続ける。」―― 中国の格言

Ⅰ.基本前提:
ソクラテス問答は問答であって講義ではない。リーダーの役割は参加者一人一人の知識と経験を引き出し、それを整理し直して新しい何かを作り上げることである。参加者の発言にいちいち講釈を加えたり、さらには、長々と自分の考えを述べたりするようなことがあってはならない。質問に徹すること。

Ⅱ.基本ルール:
ソクラテス問答をするに当たっては、お互いがお互いの発言を尊重すること。決して、誰かが答えようとしている時に横やりを入れたり、話を制するような態度をしたり、隣の人と耳打ちしたりしてはならない。リーダーから指名されても断って構わないし、その理由を言う必要もない。リーダーも他の参加者もそのことで非難するようなことがあってはならない。このルールはソクラテス問答をする前に必ず確認し、守ること。

Ⅲ.リーダーはソクラテス問答をする前に、該当するテキスト箇所を十分に読み深め、参加者への質問を予め作っておく。

Ⅳ.質問の種類
A.答えが集約される質問(正しいか間違っているかといった事実認否的質問)
1.情報チェック:何時、どこで、誰が、どうした、
2.読んだことの反復:聖書は何と言っているか。

B.答えが分かれる質問(正しい答えがいくつかある質問)
1.推論させる質問:聖書の情報から当然導き出されることを考えさせる(推論)
2.解釈させる質問:聖書の記述から考えられることを検証する(推論の妥当性)。
3.移行させる質問:聖書の考えを新しい時代、地域、状況に置き換える。
4.内省させる質問:ソクラテス問答を通して、なぜそのように教えられ、考えさせられるようになったかを検証する。

V.質問の順序、ないし、段階を踏む質問
A.質問の手法
1.まず簡単な質問で始め、順次複雑な質問へと進んで全体を終えるようにする(答えが集約する質問から分散する質問へ)
 2.一つの問答の中でも何度か簡単な質問から複雑な質問へ、を繰り返す。

B.質問を投げかける相手を選ぶ手法
1.無作為:無作為に参加者を指名する。手を挙げて答えてもらう。
2.ソクラテス問答:同じ人に質問をいくつか重ねていくことで、その人の発言を明確にしたり、発言したりする前には気付いていなかった何かに気付くようにさせる。

いくつか正解がある質問に対して明らかに「間違った」解答がなされた場合どうする
 A.その解答者が「正解の一つ」に行き着くように再度違った角度からの質問をする。

B.解答者にその根拠を聞く:なぜそう考えるのか。何か例を挙げることができるか。

C.別な解答者に同じ質問をする。

Ⅶ.問答のスピード感
A.解答者にいちいちお礼を言ったり答えを繰り返したりしないで速やかに次の質問に移る。とにかく「対話・問答」、議論を進め、考えることに集中する。

B.答えを急がせない。ただし中々答えられないでいるような場合は質問の仕方を変えるとか、他の人に当てて欲しいか聞く。

C.決してリーダーが答えを出すようなことをしない。一人がダメでも他の人、また別な人と質問をしていく。

Ⅷ.最後にリーダーは、自分が取り扱おうとしていた大事な点を自分でまとめるか、参加者にまとめてもらうようにする。

どうしたらソクラテス問答が成功したと言えるか
これが成功した問答と言えるものはない。しかし、ソクラテス問答をしている時に、参加者同士で質問し合うような状況が生まれたり、お互いに考えを引き出しあったりするようになれば、参加者が何かしら刺激を受けていると言える。その時は静かに聞き役に回り、やり取りを中断させないようにする。

X.  Further reading:
Browne, M. Neil and Keeley, Stuart M.  Asking the right questions: A guide to critical thinking. 2d ed. Englewood Cliffs: Prentice Hall, 1986.
Wolf, Denis P."The art of questioning."  Academic connections (Winter 19487): 1-8.

2017年9月20日水曜日

「ソクラテス問答」(2)

「ソクラテス問答」はどこで: 実際にどこで「対話・問答」が行われるかについて紹介したいと思います。BILDから出版されている「基本原則シリーズ」Ⅰ、Ⅱ、Ⅲがあります。その構成はシリーズⅠが核心的聖書の基本原則である「神の家族である教会」について、シリーズⅡはもう一つの核心的的聖書の基本原則、神の家族のもとで建て上げられる「各家族の建て上げ」について、それぞれ四冊のテキストがあります。各テキスト毎に核心的基本原則に関わる四つの主題(これも「基本原則」と言える)のもとに五つの論点を取り上げ、最後の六課ですべてを統合する取り組みがなされるように構成されています。シリーズⅢは五冊のテキストで、Ⅰ、Ⅱと基本的に同じ構成で、聖書解釈の原則も含め、聖書神学の手法について、同時に教会建て上げについて「信仰による神の救いのご計画の実現」に関わる原則を学べるように構成されています。

そして各シリーズの各課毎に以下の四つ分野に分けて取り組むよう構成されています。
1、みことばを学ぶ
2、文献に当たる
3、論点を考える
4、基本原則を適用する

この四項目のどこでいわゆる「ソクラテス問答」が行われるかと言えば、皆さんお分かりのように「3、論点を考える」においてです。「対話・問答」を実のあるものにするために「みことばを学ぶ」と「文献に当たる」においてこの課の論点について理解を確かなものにしておく必要があります。

理想的取り組み: ですから、学習者個々人が事前に取り組んでいることを前提にするなら、共に集まった時に「基本原則」を学ぶ取り組みは「論点に当たる」に焦点を当て、その課の論点を「対話・問答」によって深められることが理想です。みことば理解の確かさ、推論の妥当性、また文献の骨子を理解し、その上、みことば理解にどれだけ貢献しているかを確認しながら、基本原則を、現在の自分たちが置かれている状況の中で、摂理の内に置かれた文化の中でどのように実践できるかを考え、さらに意志的に取り組む新たな一歩を見出すために互いに問答します。

ここでも注意したいことは「論点:○○」とあり、「話し合いの前に論点を考えてみましょう」とあり、いくつか問いが記されています。しかし、その質問が共に行う問答のための問いではありません。それは問答の前に学習者個々人が事前に考えを整理しておくためであり、「ソクラテス問答」の備えです。その上で、問答に臨みます。しかし、慣れていないこともあり、そう容易ではないようです。

順を追って考えてみましょう。

「みことばを学ぶ」から「中心的な教えをまとめる」: ここでは論点を考える聖書箇所があり、熟読して聖書の著者の意図を文脈を含めて読み取る作業です。しかし、大半のクリスチャンたちの聖書に向き合う習慣、つまり自分の印象、自分の関心事から聖書を読んでしまう傾向があり、著者の文脈を「無視して」とまで言えないまでも、名文句、格言的な聖句を探す読み方、自分の主観を優先する読み方になりがちです。もちろん信仰者として生きる自分にとって、どのような影響があるかを考えながら聖書を読むことは大切ですが。ここに上げられている質問は主観的な思い込みから離れて客観的に著者の意図に近づくため、次の取り組み「中心的な教えをまとめる」ためにあります。つまり「質問を読んでよく考えてみましょう」にあるいくつかの問いが「対話・問答」のための問いではないということです。

基本原則シリーズの学びは「学習者主体」の学びでもありますので、自ら中心的教えを理解する一助としていくつかの問いが上げられています。主観を脇に著者の意図に集中し、また多角的視野で考えながら著者の意図を明らかにしていきます。この質問が完璧な問いだ、というわけでありませんが、自分の関心事、前提、主観的な思い込みから離れて客観的に著者の意図に近づくため、と考えてみてください。あくまでもこの課の聖書箇所の中心的な教えを見出すことが目的です。

翻訳テキストのゆえに文化の違いから考えにくい問いであったり、翻訳の的確な日本語表現でないことは避けられません。しかし、意味不明の表現は別として、聖書箇所を読み、文脈を考え、中心的な教えを見出す点で、むしろ客観的に聖書に向き合い、その意図を明らかにしていけるのではと思います。

批評的に文献を読む: グループによっては「みことばを学ぶ」の取り組みを考えるための各問いについて、互いに発表し合って、中心的な教えを確認することもなく「では、文献を読んでみましょう」と進められるを見、聞きすることがあります。これでは本来の学習目的を逸することになります。また、学習者のうちに納得感がないまま進められることになりますので、結果的に学びを中座してしまうことになりかねません。優先されるべきは聖書の意図を捉えることです。そうすることで文献に対して真の意味で批評的に向き合い、読み、理解を確かなもにすることを可能にします。是非、本来の取り組みに挑戦していただきたいと思います。

学習者主体を実現する次善の策: 普段から聖書記者の意図を探る取り組みを行っている場合はテキストを渡されてもある程度のことは取り組むことができるでしょう。しかし、大半のクリスチャンたちはそうした学びの経験はありません。それで予習をしてくることを前提に共に集まったときに「みことばを学ぶ」の各問いについて発題し、共に考え、根拠となるみことば、文脈からの推論の妥当性等を互いに確認し合いながら聖書の読み方、著者の意図を見つけ出す術を互いに補完し合えるようにします。教えてしまうのではなく「学習者主体」を大切に学習者自身が気づくことができるように導きます。次善の策として、ある程度、学習の仕方に慣れるまでそのように取り組んでみてください。

書き記された神のことば、聖書ですので、読み手中心にならない限り、著者の意図はそれぞれ異なる、と言うことにはなりません。共に共有できるところまで互いに理解を深められるようにします。そして、必ずそのテキストでの中心的な教えにたどり着けるように取り組みます。その上で「文献に当たる」に進むようにします。

「委任」: C-BTEパラダイムのワークショップやセミナーに参加していることを前提に、学び方に慣れるまでは、取り組みの指導は牧師が担当されるのが望ましいと思います。もちろん牧師であっても聖書神学の術を事前に承知しておくことが前提です。前提の理解としてはガイド「基本原則を教える」の内容を共有できていることです。そしてグループでの取り組みを導いていく中で、必ずみことば理解にセンスのある兄弟姉妹に出会うはずです。その時、その方に「委任」し、グループの学びを導いていただきます。牧師はしばらく傍らで支援し、確かな進め方を確認できたときに文字通り「委任」します。

2017年9月19日火曜日

「ソクラテス問答」

なぜ、「ソクラテス問答」: C-BTEの学習手法として「ソクラテス問答」が紹介されています。しかし、仮にその学習手法に合点したとしても、「なぜ、聖書に基づく取り組みにソクラテスを引き合いに出すのか」と疑問を呈する方も少なくありません。結論から言えば「問答」の手法についての表現にこだわる必要はありません。その意図、内容、「対話・問答」の手法を正確に捉えることが肝心です。

時代、時代には特有の思潮: 歴史を振り返ると、その時代、時代には特有の思潮があり、その影響を受けて価値観や物の見方、日常生活の様式まで変革をもたらしています。1549年、日本へのキリスト教伝来と共に信仰だけに限らず自然科学、哲学など人文科学の分野まで影響をもらしました。そして長い鎖国の時代がありましたが、江戸幕藩体制から明治維新への移行はヨーロッパ近代思想を受けての大きな変革は顕著な例です。

影響を受けるということではキリスト教も例外ではありません。キリスト教界で何の疑念もなく受け入れられている学問の一つ「組織神学」はまさに時代の思潮の変革の中で生まれた学問です。古くはギリシャ哲学、そして近世の合理主義の延長線上に体系化されました。「組織神学」それ自体は決して否定されるものではありません。ただ明確なのは、その体系が聖書の意図ではなく、人間側の学問的な意図から生み出されたものだということです。そして今回、取り上げている「ソクラテス問答」はその真逆の例です。

「ソクラテス問答」: C-BTEが目指すのはまず、聖書の意図、「信仰による神の救いのご計画」に基づいてクリスチャン人生の方向性を確立することです。ここに知恵の伝統「ハビタスの手法」に戻る必要があり、そして「ソクラテス問答」その手法を理解する必要があるわけです。

ソクラテスは紀元前400年頃の哲学者でありますが、その頃すでに同様の「対話・問答」が聖書の世界でもなされていたとうことです。ユダヤ教のラビたち、またユダヤ人の親子の教育的対話においても「それでは、あなたはどう考える?」と、子供自身の発想を促す問答がなされているとのことです。言うなら「問答」は普遍的な手法であったと言えます。

考えさせる問い: 先回、「ハビタスの手法」、知恵の伝統に立ち返ることについて紹介しました。知恵は一方的に教えられ、指示されて生まれるものではありません。日常体験に即して「考える」ことから生まれます。そして、基本的な教え、原理原則に基づいて考える過程において、適切な「問い」が発せられることにより、考えはより広がり、また深まります。人は本能のおもむくままに生きる存在ではなく、「神のかたち」として創造された人間、自ら持つ規範に基づいて取捨選択し、決断し、意志する人格的存在であることの特性、そのものを示しています。

「肉に従う者は肉的なことをもっぱら考えますが、御霊に従う者は御霊に属することをひたすら考えます」(ロマ8:5)。

「あなたがたは、うわべのことだけを見ています。もし自分はキリストに属する者だと確信している人がいるなら、その人は、自分がキリストに属しているように、私たちもまたキリストに属しているということを、もう一度、自分でよく考えなさい」(Ⅱコリント10:7)。

「私が言っていることをよく考えなさい。主はすべてのことについて、理解する力をあなたに必ず与えてくださいます」(Ⅱテモテ2:7)。

「ゆりの花のことを考えてみなさい。どうして育つのか。紡ぎもせず、織りもしないのです。しかし、わたしはあなたがたに言います。栄華を窮めたソロモンでさえ、このような花の一つほどにも着飾ってはいませんでした」(ルカ12:27)。

聖書においては単に規則を与え、指示するだけでなく、原理原則に基づいて「考え」、そして日常においてどう一歩踏み出すかを促すみことばに出会います。ギリシャ語の世界でも「考える」と訳される言葉は多種多様です。そして日本語でも「考える」という概念は実に多様かつ豊富で、広がりがあります。鑑(かんが)みる・考え込む・判ずる・思考・思案・思索・思量・思惟(しい)・考察・考量・思慮・尊慮・深慮・熟慮・熟思・熟考・黙考・沈思・静思・瞑想(めいそう)・論断・決断・意図・志向等々、豊富です。

「ソクラテス問答」、「対話・問答」において大切なのはリーダーがどのような問いを発すかが鍵となります。聖書を読み、その意図を考える上で、また引き出されたみことばの原理原則に基づき、日常において具体的にどう一歩を踏み出せるかを決断するまでに適切な問いが投げかけられる必要があります。隠された解答を見つけ出すための問いでは決してありません。(続く)