2020年8月9日日曜日

解説:基本理解19:「伝道所、教会、地域ネットワーク作り」

基本理解19: 「伝道所、教会、地域ネットワーク作り」

教会は、文化としての民族の特殊性を保ちつつも注視している地域社会にキリストにあって一つ心であることを示していくようパウロの宣教チームと地区ごとの牧師のネットワークのもとでケリグマとディダケーをよく理解して建て上げられていく必要がある。

 

解説:この日本では2000年から「C-BTEパラダイム」の何であるかを研修し始め、2005年に自分たちがパラダイム転換を決意し、本格的な取り組みを始めました。問題意識を持つ指導者たちがパラダイムを共有するようになり、まさに教派を超えての広がりです。C-BTEは改めて聖書の意図に注目し、奥義としての教会建て上げを共有しました。それぞれの教会の所属する教派があり、また伝統があります。C-BTEパラダイムは教派の伝統を全否定というわけではありません。あくまでもそれぞれの伝統を尊重しつつ啓示の書、聖書の権威を前提に、聖書そのものの意図に固執し取り組みます。互いに知恵を出し合いながら、直面する課題を克服しつつの取り組みだけにネットワークは大切です。そう言う意味で新たに教派超えた教会ネットワークを構成し、共に聖書に意図を確認し合いつつ、知恵を出し、励まし合いながら取り組む互いの関係の構築に取り組みました。

その後、2011年の「3.11東北大震災」巨大津波に直面し、それこそ教派を超えての取り組み、支援活動が拡がったと思います。事実そうした取り組みの証しがあります。同時に教派間の壁は想像以上に大きかったことも否定できない体験でした。

現在もC-BTEセミナー・ワークショップは継続され、新規参入教会も加えられています。そうした中で、ポストモダンの問題点のひとつ、信仰の「個人主義」が指摘されますが、教会間の個人主義とでも言いましょうか、いわゆる「各個教会主義」の壁も事実、超えがたい壁でもあることを認識しています。とは言え、「信仰による神の救いのご計画の実現」に至るケリュグマ、ディダケー:福音理解と福音に基づく生き方を真に理解し、取り組むことで真の意味のでの「神の家族」:教会ネットワーク構築の重要性を覚えさせられます。

現在、昨年度(2019年)から「C-BTEジャパン:教会ネットワーク再構築」を掲げて取り組み始めたのも、これまで上げた二つの「壁」を意識してのことでもあります。文字通りケリグマとディダケーを真に理解を共有し、地域に貢献し得る共同体として建て上げられて行くわけですので、「伝道所、教会、地域ネットワーク」の再構築が実現できるように知恵を尽くしたいと思います。この日本の文化の中で影響力のある教会ネットワークを再構築することこそ、「主の宣教大命令」に応えて、実を結ぶことになると期待しています。


2020年8月1日土曜日

解説:基本理解18:「西への戦略‐アンテオケ構想」

基本理解18: 「西への戦略‐アンテオケ構想」

西洋のキリスト教界が衰退し、ポストモダン的発想に立った脱キリスト教文化が台頭してきているという現実のただ中にあって、西洋諸国、その影響下にある国々はキリストと使徒の土台に根ざした新たな教会建て上げ構想、すなわち、アンテオケの伝統に根ざした宣教構想が必要である。

 

解説:「キリスト教」と言えばだれもがヨーロッパ西洋キリスト教界を思い浮かべると思います。この日本にある教会の多くは西洋キリスト教界から、またその伝統を踏襲するアメリカからの宣教団によって設立しています。その西洋キリスト教界はおおよそ一千年の歴史を持つローマカトリック教会において宗教改革が起こり、その後、宗教戦争も起こりましたが、カトリックとプロテスタント教会によって構成されています。さらにプロテスタント教会は近代、さらにポストモダンの中で大きく変容していきました。

40年間、インドで宣教活動し、1970年代に本国イギリスに帰国したニュービギン(Lesslie Newbigin)は教会の凋落ぶりを嘆き悲しみました。そして、西洋文化は教会にとって最も困難な土壌であり、皮肉にも「西洋キリスト教社会こそが、福音宣教が最も必要とされている場である」と激白しています。教会の真の問題は、教会の教勢、量ではなく、その質である。文化の中で、教会は何をし、何を語るか、どのようなものであり続けるか、それこそが問われるべきだ、と語っています。そして、ニュービギンの視点は宣教論再考の起爆剤となりました。啓蒙時代以降、教会は個人の価値、信仰、見解の問題としてプライベートな領域の中に追いやられていった。そして、教会は「誤ったプライベートゾーン」と「力を失ったキリスト教世界」との間に浮遊していると言う。

 世界宣教へのプロジェクトと共にニュービギンが抱いたヴィジョン、「西洋キリスト教社会こそが、福音宣教が最も必要とされている場である」ことに焦点を当てることです。

D.J ボッシュは「宣教のパラダイム転換」の中で「地区教会」の再発見、「地区教会の中心性が教会史の大部分の中で忘れられてきた」と指摘しています。

また、ローランド・アレンも現代の欧米宣教運動は根本的に新約聖書に見られる手法、すなわち「キリストとその弟子たちの手法」とは違い、色々な点で異質なものとなっている、と指摘しています。パウロの手法を間違って、部分的に真似ようという試みに失敗した時、人は「使徒の手法」は間違っており、今の時代の状況には不適切なものだ、と結論づけました。しかし実際は「使徒の手法」というものを理解しておらず、実践もしていなかっただけのことだ、と厳しい(The Spontaneous Expansion of the Church)。

 プロテスタント諸教会は16世紀「宗教改革」によって生まれました。その宗教改革者共通の問題意識は初代教会に戻って現状の教会の有り様を改革することでした。しかし、そこにはすでに限界がありました。その後の教会は近代、そしてポストモダンの中で「脱キリスト教文化が台頭してきているという現実」に直面しました。とりわけ「ポストモダン」の影響においては、キリスト教界に当たり前のように定着しているのが「個人主義」です。その反動として、まさに人間的発想のいわゆる「弟子訓練プログラム」です。

つまり、欧米のキリスト教伝統に基づく私たちの同胞の諸教会こそが「C-BTEパラダイム」を必要としている、ということです。健全な家族の建て上げ、その家族を基盤としたキリストの体なる教会、神の家族を建て上げていくことが、どの時代において、どの文化の中でも地域に貢献する教会、持続可能な教会の建て上げを実現することになるのです。


2020年7月29日水曜日

解説:基本理解17:世界規模での宣教戦略

基本理解17: 世界規模での宣教戦略

ローマ全域にユダヤ部族が離散し、ローマが世界都市となって行く状況の中で起こる文明の衝突を通して世界の秩序を作り変えるという、時世をわきまえた「パウロ的」福音宣教を実践、実現することによって福音を21世紀の世界に広めようという戦略計画である。

 

解説:C-BTEパラダイムに基づく「世界規模での宣教戦略」はすでにBILDインターナショナル(https://bild.org/philosophy/growth-of-the-early-church)がその構想を描き実践しています。私たち「C-BTEジャパン」もそのメンバーとして共に研修し、指導、助言をいただいています。

 優先順位として、この日本でC-BTEパラダイムに基づく教会建て上げに取り組む諸教会がC-BTEパラダイムを実証し「世界規模での宣教戦略」をも共有する教会のネットワークを再構築することです。

パウロの宣教戦略の核となっているものを理解しておく必要があります。エルサレムからローマへと拡がる宣教の基点となったのはユダヤ人の集まる会堂(シナゴーグ)が大切な役割を果たしています。パウロは同国人であるユダヤ人に対して、共に待望していたメシヤはあの十字架上で殺された「イエスこそキリストであった」ことを伝えたかったのです。その熱い思いを証言しています。ローマ9:23「私には大きな悲しみがあり、私の心には絶えず痛みがあります。もしできることなら、私の同胞、肉による同国人のために、この私がキリストから引き離されて、のろわれた者となることさえ願いたいのです。」しかし、行く先々で同国人から拒絶され、迫害されました。しかし、同国人の拒絶が異邦人へと向きを変えることになっていきます。

そうした中で、異邦人は異邦人でもすでに聖書の教えに共感し、ユダヤ人会堂に出入りし、割礼を受け、ユダヤ教に改宗することはせず、創造主なる神を知った人たち、しかも神の教えを学び、聖書の規範、価値観、倫理観に共鳴し、聖書に基づいて生きている人たちでがいました。「神を敬う」人たち、「備えられて器」の存在です(使徒13:43、16:14、17:4、17:17、18:7)。その人たちがパウロの宣教に応答したのでした。つまり、『ローマ全域にユダヤ部族が離散し、ローマが世界都市となって行く状況の中で起こる文明の衝突を通して世界の秩序を作り変えるという、時世をわきまえた「パウロ的」福音宣教』の一端を証言するものとして興味深い事例です。このようにしてパウロの宣教戦略は思いがけない仕方でエルサレムからローマへと宣教の拡がりを実現していきました。

何よりも日本の諸教会もパウロに開示された「奥義としての教会」、家族の家族としての神の家族:教会共同体を建て上げようと取り組む指導者が起こされることを祈り、この一事に励みたいものです。

2020年7月22日水曜日

解説:基本理解16: 「救済と開発・発展」


基本理解16: 「救済と開発・発展」

危機的な状況にある地域の教会を支えている世界中の教会ネットワークがまず世界規模で必要な救済と開発・発展へ寄与しなければならない。そうすることで教会は様々なクリスチャンNGOにこの働きを単に委託せずに、これら危機的な状況にある地域の救済と開発・発展のために、もっと幅広い社会生活基盤整備ができ、一つの共同体となれるものである。

 

 解説:この基本構想が実現可能となる前提として、この後に取り上げる「貢献者として仕える家族」、「町の繁栄を求め、寄与・貢献する」教会、その教会のネットワークが構築されてこそ、と言えるテーマです。

 キリスト教系のNGO団体がいくつかあります。教会はそうした団体のニュースレターを読み心からの支援献金を贈っておられると思います。それだけに個々の教会はこのテーマをあえて取り上げないし、取り上げようという意識もありません。C-BTEパラダイムを考えたときに「教会とは何か」その使命は、と問い続けていくと「主の宣教大命令」は確かに宣教そのものの実践であるのですが、宣教は福音に基づく「良いわざ」と切り離せないものであることがわかります。こうした理解を共有する教会がネットワークを構築し、危機的な状況にある地域の救済、発展に寄与・貢献することです。

 「アンテオケで初めて、キリスト者と呼ばれるようになった」シリヤのアンテオケ教会が、大飢饉のゆえに助けを必要としているエルサレム教会に救援物資を送ることを決め、バルナバ、サウロ(後のパウロ)の手によって長老たちに贈った(使徒112730)とあります。ローマ人への手紙152527節でパウロは「聖徒たちに奉仕するためにエルサレムへ行こうとしています。それは、マケドニヤとアカヤでは、喜んでエルサレムの聖徒たちの中の貧しい人たちのために醵金することにしたからです。彼らは確かに喜んでそれをしたのですが、同時にまた、その人々に対してはその義務があるのです。異邦人は霊的なことでは、その人々からもらいものをしたのですから、物質的な物をもって彼らに奉仕すべきです。」と訴えています。Ⅰコリント1613節に献金の勧めがありますが、やはり「私がそちらに行ったとき、あなたがたの承認を得た人々に手紙を持たせて派遣し、あなたがたの献金をエルサレムに届けさせましょう。」と記しています。さらにⅡコリント8115節にマケドニアの諸教会が極度の貧しさの中にあっても「聖徒とたちをささえる交わりの恵みにあずかりたい」と「惜しみなく施す富となった」と証言し、そしてコリントの教会に対して「今あなたがたの余裕が彼らの欠乏を補うなら、彼らの余裕もまた、あなたがたの欠乏を補うことになるのです。こうして、平等になるのです。」と記しています。さらにガラテヤ人への手紙では210節「ただ私たちが貧しい人たちをいつも顧みるようにとのことでしたが、そのことなら私も大いに努めて来たところです。」と証言しています。

 パウロの「献金の勧め」に注意深く読んでみると、今日私たちの教会で行っている献金とは次元の異なる取り組みに気づかせられます。その多くはエルサレムの助けを必要とする兄弟姉妹を支えるためでありました。

今日、経済的構造のゆえに称されている「発展途上国」にある諸教会の必要に応えられるならと思います。そのために教会に対する神のヴィジョンに基づく構想を持ち、実践する教会ネットワークの構築が大切です。とりわけ日本の大多数の教会は自分たちの共同体を維持するだけで精一杯、という現実を直視し、C-BTEパラダイムの理念を共有した教会がネットワークを構築し「救済と開発・発展」に取り組む教会になりたいものです。 

2020年7月16日木曜日

解説:基本理解15:「文化の中での神学」


基本理解15: 「文化の中での神学」

教会の指導者や信者たちが聖書神学という規範に支えられ、生き生きとした共同体を作りながら再創造の御業として文化芸術を生み出し、真の意味で色々な必要に応える者として生活をする中で社会の価値観に影響を与える教会活動である。

 

解説:優先すべき使徒たちに伝えられたキリストの“教え”ディダケーのひとつ「信者と家族の確立」があげられます。聖書の核心的要素は以下の通りです。

〈行為の矯正〉—“脱ぐ/着る”

〈徳〉—“御霊の実”

〈家族関係〉—“家族

〈真の共同体〉—“愛”

〈教会外の隣人への振る舞い〉—“隣人愛”

〈国家への服従〉—“上に立つ権威に従う”

〈責任ある生活〉—“落ち着いた、 気をつけ” 

私たち教会のクリスチャンたちは健全な基礎が築かれているだろうか、世界的な視野で見ると、何百万の諸教会が 設立されていますが、しかし 多くは 失われています。最近のアジアの事例でも400もの教会が建てられたが、50教会に減少してしまった国がある聞いています。しかもその諸教会もしくじっている、と言うのです。何故に、これらの諸教会は存続できなかったのかについて以下の課題が指摘されています。

①タイプのような指導者、地区教会の牧師を適切に訓練することの失敗

②その地、固有の文化理解の不足:(文化の中で神学する)

③不完全な教会の定義

④「使徒たちの教え」に安定を欠いた諸教会

⑤指導者育成の学科を持つ神学校と聖書大学の不足等々が上げられている。

さらに「神学する」技能、特に「文化の中での実践神学」(民俗学的技能を含む:①方針の計画、②教会の諸問題の解決、③その上での宣教活動の計画)、文化の中での包括的な信仰体系の構築を欠いていることです。

 そのような観点から「生き生きとした共同体を作りながら再創造の御業として文化芸術を生み出し、真の意味で色々な必要に応える者として生活をする中で社会の価値観に影響を与える教会活動」を確立しているかどうか、という問いかけに注目して下さい。

 

文化の中で「神学する」具体的事例:「一期一会」の精神(茶道用語)

 クリスチャンの成熟のしるしとして「もてなし」(Ⅰテモ 3:2、Ⅰテモ 5:10、ヘブル 13:2)があります。神の愛に応答したクリスチャンにとって「もてなし」はそう大きな課題ではないかもしれません。日本の文化では「一期一会」という「もてなし」に関する高貴な精神的理念、作法があります。真に神の愛に動かされるクリスチャンこそ、内実の伴う「一期一会」の精神を実現できるのではと思います。また、信頼と尊敬の隣人関係が宣教に結びついていくものと考えられます。「一期一会」の語源は日本の茶道にありあす。「神学する」事例として参考までその主要観念を紹介します。 

「茶会に臨む際は、その機会を一生に一度のものと心得て、主客ともに互いに誠意を尽くせ」といった、茶会の心得からのものです。安土桃山時代の茶人で茶の湯の大成者である利休(千利休152291)の弟子「宗ニ」の『山上宗ニ記』に「一期に一度の会」とあり、ここから「一期一会」の語は広く使われるようになったとのことです。「一期」と「一会」をそれぞれたどると、「一期」は仏教用語で人が生まれてから死ぬまでの間を意味し、「一会」は主に法要などでひとつの集まりや会合を意味しており、ともに仏教と関係の深い言葉でもあります。

 「万延元年3月3日も雪だった」(船橋聖一「花の生涯」)、水戸浪士らによって暗殺された「桜田門外の事件」(1860年万延元年)で知られる幕末の大老井伊直弼は茶人としても知られています。彼の著書「茶の湯一会集」が「一期一会」の出所です。

「そもそも茶湯の交会(親睦を深める)は一期一会といいて、たとえば幾度同じ主客交会すとも今日の会にふたたび帰らざることを思えば実に我一世一度の会なり。さるにより主人は万事に心を配り、いささかも粗末なきよう深切(ゆきとどいて、丁寧なこと)実意(真心)を尽くし、客もこの会にまた会いがたきことをわきまえ、亭主(客をもてなす主人)の趣向何一つも愚かならぬを感心し、実意をもって、交わるべきなり。これを一期一会と云う。かならず、かならず主客ともなおざりには一服をも、もようすまじきはずのこと、すなわち一会集の極意なり。」

 「主客とも余情残心を催し、退室の挨拶終われば客も路地をいずるに高声に話さず、静かにあとを見かえりいでゆけば、亭主はなおさらのこと客の見えざるまでも見送るなり。

さて中潜り、猿戸(庭の入口の簡単な木戸)、その外障子などは早々締め立てなどいたすは不興千万一日の饗応(もてなし)も無になることなれば決して客の帰路見えずとも取り片づけいそぐべからず。いかにも心静かに茶席に立ち戻り、この時、にじり上がりより入り、炉前に独座して、今しばらくもお話しあるべきにもはやいずかたまで参られべきや今日、一期一会すぎて、再び帰らざることを観念し、あるいは独服(茶を点てて飲む)などいたすことなど、これ一会極意の習いなり。この時、寂寞(せきばく;物音が何もしない)としてうち語ろうものとては釜(茶釜)一口飲みにしてほかにものなし。まことに自得(自分で悟る)せざればいたりがたき境涯(人それぞれの立場)なり。」

※参考:奥田正造(成蹊学園、成蹊女学校二代目校長)の「一期一会」に関する精神講話

  日本の伝統的文化のひとつでもある「一期一会」に込められた「もてなし」の文化がどのような特質を持つものであるかを理解した上で、聖書の教える「もてなし」について「神学する」ことで真の意味での影響を与える新たな文化を築いていく一例として紹介しました。

2020年7月11日土曜日

解説:基本理解14:「自然発生的広がり」


基本理解14: 「自然発生的広がり」

ローマ帝国全体に自然発生的に広がった教会は人間の緻密な計画によらず、聖霊の間接的、時には直接的な指示の下、宣教の門戸を開けようと応答した使徒的指導者たちの戦略的意図によったものである。

 

解説:冒頭の「ローマ帝国全体に自然発生的に広がった教会」とは言うまでもなく使徒後に直結する初代教会の拡がり、パウロに開示された奥義としての教会、イエスと使徒達の手法に基づく神の家族共同体の展開です。つまり「もうひとりの助け主」聖霊を通して主イエス・キリストが啓示された「主イエスと使徒達」とりわけ「パウロの手法」を踏襲した初代教会に注目してください。ローマ帝国は基本的に多神教の社会です。その中で公認か非公認の区別がなされ、キリスト教は非公認宗教でした。その教会が後に、必ずしも勝利と言えるものではありませんが、ローマ帝国の絶対的主権者である皇帝の意志によって公認宗教、さらには国教化にまで引き寄せられる存在感のある共同体になっていた、ということです。

「自然発生的に広がった教会」の存在に関わったパウロの手法、パウロのサイクルとして確認できるのが、まず「拠点都市伝道」、その結果としての「地区教会を建て上げ」、そして「忠実な人への委任」、「神の救いのご計画」における教会建て上げです。さらに「自然発生的に広がった教会」、その大前提は「あなたがたのうちにある希望について説明を求める人には、だれにでもいつでも弁明できる用意をしていなさい(Ⅰペテロ315)。」とあるように初代教会は周りの人々からの問いかけが発せられるほど、福音に基づく「良いわざ」その生き方を確立していたということです。聖書の価値観、倫理観、そして隣人愛、とりわけ助けを必要としている方々への心遣い、隣人愛は福音の確かさを証するものであったのです。「こういうわけで、いつまでも残る信仰と希望と愛です。その中で一番すぐれているものは愛です」(Ⅰコリント1313)。そこに見られる自然発生的・自然な広がりはきわめて魅力的な「生き方」を実現した教会共同体がありました。主人と奴隷の関係における兄弟愛、夫婦愛、堅実に成長する子供たち、家族の建て上げを核とした影響力ある宣教が拡がっていきました。そうした教会での次世代育成と委任、訓練と牧会活動の中心の場としてのいのちの交わりとしての教会の建て上げがあったのです。つまり、宣教・牧会活動と学問的追求、そしていのちの交わりにおいてこそ人格成長との統合が可能となるのです。

どの教派、教会も自分たちの現在の取り組みが聖書的と考え実践していると思います。しかし、改めて新約聖書の時代、初代教会に戻って調べ、再考してみると、本当はそうではなかった現実に気付かされるものがあります。「C-BTE:教会主体の神学教育・指導者育成」においては「パラダイム転換」が強調されます。冷静に現在の教会の集まりを観察し、同時に聖書の意図に注目しつつ再考することが大事です。何よりも主の宣教大命令に応える指導者たちのリーダーシップがあります。また教会のネットワークの確かさがありました。今日においては各教派間の壁があります。しかし、聖書の意図に確かな視点を置くC-BTEパラダイムへの転換を意志することで、この壁を超えることができます。

2020年7月6日月曜日

解説:基本理解13: 「パウロのチームとアンテオケ教会ネットワーク」


基本理解13: 「パウロのチームとアンテオケ教会ネットワーク」

パウロの宣教牧会チームとアンテオケ教会ネットワークは、全体的戦略と世代別戦略をバランスよく保ちつつ、活力ある教会運動を生み出し広げていくための中枢である。

 

解説:なぜ、12使徒達でなくパウロなのか、と問われます。これは啓示の進展性の中でのパウロの召し、そしてパウロに開示された「奥義としての教会」に基づきます(エペソ人への手紙)。主イエス・キリストが約束された「もうひとりの助け主」(ヨハネ1416)すなち聖霊が初代教会に降ったとき使徒達はイエス・キリストの十字架の死と復活の意味を明確に解していきました。しかし、エルサレムからローマへ、異邦人にも恵みの福音が無条件で適用されることについては必ずしも明快な確信ではありませんでした。その典型は「百人隊長、コルネリオ」に導かれた導かれたペテロの逡巡に見られます。図らずも「配給問題」が起きたときに選ばれた「御霊と知恵とに満ちた、評判の良い人たち七人」(使徒63)いわゆる「ヘレニスト」と言われるリーダーたちによる宣教が契機となりました。ステパノがエルサレム神殿に固執することの問題を解き明かした(使徒の働き7章)ときに起こった迫害によりエルサレムからサマリヤ、そしてシリヤのアンテオケへと異邦人伝道が広がって行きました。その迫害の急先鋒に立つサウロ、後のパウロが復活のキリストに出会い、180度大転換しキリストの使徒として召されました。バルナバを介して異邦人教会、シリヤのアンテオケ教会に導かれます。このアンテオケ教会を拠点にパウロたちが異邦人宣教に派遣されます。第一次、二次、三次と展開され、ついにエルサレムからユダヤ全土、サマリヤ、そしてシリヤのアンテオケ、さらにローマへと広がって行きました。その主の宣教大命令に応えていく中で「パウロの宣教牧会チーム」ができあがって行きます。パウロの次世代指導者としてテモテ、テトスがそのモデルです。

 中心となるC-BTE推進教会のモデルとしてアンテオケタイプの教会の確立、その存在が鍵になります。つまり、リソース教会としてのアンオケタイプの教会です。これらの教会は日本におけるC-BTE運動の一代目であり、少なくとも三代目までを視野に、この運動を十二分に広げていく働きを担う必要があります。各地区教会で、または教会の中の小グループで多様なタイプのC-BTEプログラムを幅広く進めていく手助けをするC-BTE ジャパン・アンテオケタイプ教会(拠点都市教会)ネットワーク作りが肝要なのです。 

パウロを支えた同労者たち、そのネットワークモデル:

教会のパートナーあるいはネットワークのモデルとしてピリピ、エペソ、アンテオケ教会を上げられます。その前段に想定できるタイプⅠ、およびタイプⅡの教会、つまり「家の教会」を加えた5つのタイプの教会が想定されます。5つのタイプの教会、そしてそれらに連動する5つのタイプのリーダー、指導者たちを位置づけます。

私たち教会に託された使命として福音を広めること「主の宣教大命令」に参加するように期待されています。それぞれの教会は「主の宣教大命令」に果たす役割は異なります。「ピリピ教会」のようなタイプとして、「エペソ教会」のようなタイプとして、そして「アンテオケ教会」のようなタイプとして教会ネットワークを確立します。

参加教会の役割: 教会は、パウロのチームに見られるように、5のタイプの指導者たちがそれぞれの役割を果たすことで、自然発生的に大きくなり、教会を建て上げ、生み出していきます。まず、私たち「C-BTEジャパン」は「アンテオケタイプの教会」を目指します。それゆえに、率先してアンテオケ教会に倣い、アンテオケ教会の手法に基礎を置くわけです。

その前提にさらに多くの信徒をふくめた広い意味での同労者たちがいました。主な事例として(参照:ローマ16、Ⅰコリント16

① 支援者エラスト(市の収入役):金銭面、宣教の旅のサポート

② 補佐役エパフロデト(ピリピ):助け手

③ 伝道推進に寄与するアクラとプリスキラ:先遣隊, 開拓伝道, 仕事

④ 支え合う教会ピリピ:祈り、献金等々、 

 さらに、以下の5項目を確立できればC-BTEジャパン:教会ネットワーク再構築は持続可能なネットワークとなること、間違いありません。しかし、厳しい現実に直面しています。

1,リソースセンター教会(複数)

2,教会所属の聖書学者、神学者

3,C-BTE教会会議(エルサレム会議)

4,教会連合型ネットワーク

5,教会主体の出版事業

6,草の根的救援事業(支援と宣教の統合)